太白地区協議会

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“太白地区協議会” への31件の返信

  1.  引き出しに仕舞っていた「年賀状」を整理していたら、以下のような文面のものが、出て来ました。仙台中電の「活動家」だった先輩からのものです。
     「卯仲さん、あちこちで、米、英を敵にしては、戦争に負けるとシャベッテるそうだが、困りゃすー」と、村の巡査がこっそりきて、わが親父に警告した。ドブロクのせいもあるが「ホントウのことを言って何が悪いんだ」と父は言い、ドブロクをいいめる始末、「今後もシャベルと、警察として黙ってはおれんからねー」またったく困った人だと言って帰っていった。
     私が予科練を志願するときも、若いのに負け戦に死ににサいくことねーぞと、徴兵逃れに師範学校に行くようすすめる。予科練入隊の通知が来たとき父は、福島の山とかで出会った男が「大きな声でで世界の情勢をシャベリ、日本は敗れると
    言っていた。弥左衛門という人だ」と。
     私は江戸時代でもあるめーし、そんな名前、おそらくホラ吹きだへとおもった。
     そして、死を覚悟し、國のために行く息子に励ましの言葉もない親父に、憤慨した。
     (弥左衛門とは、のちの佐々木更三である)そしてまもなく、親父の言う通りになり、日本は深い反省から戦争はしないと誓い、憲法にも明記した。
     ところが今日このごろ、徴兵制度を騙る代議士があったり、核武装を主張する政務次官があらわれたりする。あの世の親父に聞けば「お前も昔そうだったが、分からず屋はいるもんだ、お前も七十歳、長生きして年金で家族を守り続けなさい」というに違いない。 敬具
    (天の邪鬼の、年賀寸文ーその6 2000年)
    ・・・・でした、もう25年も経て、日本の政治はどうなって、日本国民と自称する「大衆」は、この選挙でも戦前を繰り替えそうとするんでしょうか。卓見の先輩の「年賀状」を紹介しました。

  2. 総選挙の「電話」を頂戴しました。がホームページは
    選挙モードではないようです。年末始モードではナンで
    しょう? 走ってください

  3. 2月8日投票日で総選挙が行われることになりました。立憲と公明が「中道改革連合」と「ワナンチーム」となるそうですが、比例制投票はどうなるんだっけと、思いだそうと頭をかき回しました。PCで答えを探してみました。以下蛇足とはなるでしょうが、紹介してみることにします。余計なお世話ですか?

     Q 衆院選の比例選の仕組みは。
     A 全国11ブロックごとに行う比例選で、衆院の全465議席のうち176議席が決まる。ブロック別の定数は、北海道8、東北12、北関東19、南関東23、東京19、北陸信越10、東海21、近畿28、中国10、四国6、九州20。有権者は投票用紙に政党名を書く。
     Q 政党の獲得議席はどう決まるのか。
     A 各党が獲得した票を「ドント方式」と呼ばれる手法で議席数に換算する。まず、それぞれの党の得票数を1で割り、2で割り……と1から順に整数で割り算していき、全党の計算結果(商)を大きい順に並べる。上位から定数の枠内に入っている商の個数が、その党に割り振られる議席数となる。
     Q 当選者の決め方は。
     A 各党が作成した候補者名簿の1位から順に当選者となる。小選挙区選と重複して比例選に立候補した人は、小選挙区選で敗北した場合のみ比例選での当選資格を得る。重複立候補者は同一順位になることが多い。同一順位内では、小選挙区選で当選者の何%の票を取ったかの値である「惜敗率」が高い人から順に当選する。

  4. 新しい年を迎えましたが、キナ臭い新年ですね。お陰様でこの三日に米寿を迎えることができました。電通共済生協からお祝いを頂戴しました。足と目は衰えていますが「点訳ボランティア」を毎日の「張り」にして、もう少し生き延びられそうです。「与えることは幸い・・・」とキリストが言われたそうです。視覚障碍者のお役に立てることの働きが、生き甲斐、張り合いになっております。日中の約4時間ほどを点訳で、PCに向き合い「新聞の記事」「新書類」「小説類」の訳で日々を過ごせております。心の張り合いになっていることと思っております。点訳グループ仲間の皆さんの協力のしあいでやれています。仲間を増やして参りたいものと、紹介させて頂きます。

  5. 今日12月17日の朝日新聞の投稿欄に「加害者としての位置から」の戦争「日清戦争と台湾」を捉える「台湾問題」への意見が載っていました。翻って思い起こすと若かった頃の「反戦活動」は、この角度、観方を欠き、自らを被害者に置いた視点での位置付けに偏っていたのではないでしょうか。「非,反核」「戦災被災」・・・仙台市の施設も「戦災復興祈念館」と被災者として捉えられてはいないでしょうか。今日対中国での政治的問題となっている動きや、参政など世論の動向をみても、反戦への意思方向が、日清戦争、満州事変などを意識の外に押し出しての「反戦平和」の我々の過去の跳ね返りのように、感じられます。「終戦の日」があって「敗戦の日」が無い。意識されないように流れて来たことを、今日の「台湾問題」で深く考えて見なければならないと思い、新聞の投書を読みました。 迎える2026年が良い年となりますよう。

  6. 高市政権が、労働時間の「規制緩和」について発言しています。簡単に言えば「働きすぎを抑制する」ことを否定する「環境」をつくろうという、政策が必要だということのようです。率直にとらえると「労組」の存在が、生産性を上げることの「障害」だという捉え方でしょう。労組、連合の受け止めはどうなっているのでしょうか。

  7. NTT労組新聞 2025/10/4 982号の「主張」欄を読んだら、「労働基準法制」見直し論議のタイトルで「過半数代表者」の適正な選出や労働者代表としての役割強化などが論点の一つとなっている・・云々とあり、労組の組織率低下云々に続いて使用者側の「労働組合以外の新たな集団的労使関係の形を検討すべき」との主張には強烈な違和感を覚える・・・・云々と述べられていた。現状NTT関連の組織の中での組織率はどうなっているんだろうか。退職者の会の加入率はどうなっているのだろうか。共済生協への参加状況はどうなんだろうか。自身は「先が短いと思っているが」まだまだ長生きされるだろう、皆さんにとって、組織にとって大きな問題と思われる。組織的にすこし「砕いて」現状と展望を示してほしいと思う。

  8. 明日9月2日は、「敗戦の日」です。米軍艦「ミズーリ号」艦上で「敗戦しました」って「調印」した日です。日本国内では8月15日を「終戦の日」と「敗戦」では無く「終戦」と、それまで嘘でごまかしごまかし、その延長線上で「戦争はヤーメたって,、日」にしました。国民学校2年生の僕は「何が何だかわからず」祖父の家の庭でセジオを聴いていました。同級生など何人も父や兄などを失なっていました。菅原広、隆、直君ら兄弟。渡部元くんら・・・・どう生きて来たのか。苦労しただろう。・・・・・60年安保、70年安保と重ねて「戦争」というものを、間接的ではありましたが、視て考えて、どうしたら・・・と労組活動を通してですが、体験してきました。今、『「戦後」の終焉』という本、「聖書の同盟」という本、の点訳をしていて改めて、戦争をなくすためには・・・と考えさせられています。労組活動で考えさせられた「思い」が薄れないように。 9月2日という日が本当の意味での「終戦の日」となりますように。

  9. 間もなく「敗戦の日」ですね。改めて「村山談話」を読んで見ようではありませんか。次の「アドレス」で開いて見てください。
    https://www.awf.or.jp/6/statement-04.html

    「参政党」なる連中が「核を持て」などと叫んでいるとか、改めて「反戦」の意識、確認、理解をと思い 探してみました。
    どうぞ御覧ください。               髙橋 正幸

  10. また、正幸かと言われそうですが、今日は「広島原爆の日」テレビ中継を見ながら、思い出しています。昭和35年 ? 山形通信部にいた頃の夏に、労組活動の「平和行進」に指名参加で、秋田県境及位峠から金山,新庄、清川と「青森から東京までの行進者、厚綿さん(その弟さんが富沢に住んでいる)に同伴して一泊二日、歩いたことがあった。暑い中を黙々とただ歩いた。思い返すと、これが労組活動、青年活動に加わるきっかけだった。昭和50年代にも「反戦平和の活動」があったが、こんな活動も含めて「社会的活動、運動
    」はどこに行ったんだろうか。必需品のように「選挙活動」は少なくともやられてはいるが、「参政党」のようなもの 主張が出てくる社会的土壌が出来上がってきているのではなかろうか。じいさまの繰り言だと言われそうだな。

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