皆さん、お変わりございませんでしょうか。今年の猛暑には本当に参ってしまいました。
毎日、気温は30度を超え、時には35度を超える猛暑日で、この暑さには何をするにもおっくうになり
結局、何もしないで過ごしてしまいました。
今、秋が来るというこの時期でも、30度を超える日があったりしますから、
日本の四季はどうなって行くんでしょうか? ぜひ皆さんも、体調を崩さぬよう気をつけてお過ごしください。
さて、自民党の総裁選はどうなるのでしょうか?。この原稿を書いている時点ではわかりません。その後に、解散総選挙などという噂もありますが、これからの日本がどうなって行くのでしょうか?
野球では、セリーグで阪神が優勝しましたが、パリーグではソフトバンクか日本ハムか分かりません。大谷選手はホームラン王を取れるのかなど興味の尽きない所ではあります。
夏の参議院選挙で比例区から立候補した「吉川さおりさん」が見事に当選、おめでとうございます。
しかし、立憲民主党は現状維持で「負けだと」言われています。まだまだ、頑張らないとダメですね。
更に、今度は知事選がありますが村井さんもそろそろ代わり時ですよね。遊佐美由紀さんに、頑張って貰いたいと思うところです。
皆さん、11月には地区協の総会があります。大勢の方に出席して頂きたいのでよろしくお願い致します。
NTT労働組合退職者の会宮城県支部青葉地区協議会運営細則第6条に基づき、次の通り第27回定期総会を開催します。
日 時 2025年11月12日(水) 14時から
場 所 青葉区中央市民センター (仙台市青葉区一番町2-1-4)
2階 第一会議室
出席者 青葉地区協議会会員及び役員
議 題 1 2024年度活動報告 4 2025年度予算書(案)
2 2024年度会計報告・監査報告 5 2025年度役員体制(案)
3 2025年度活動方針(案) 6 その他
宮城県支部青葉地区協議会 会 長 三浦駿一郎
なお、議案書は会報第88号に示します。また、出欠等の案内ハガキは議案書に同封していますので、ご記入頂きまして11月4日(火)必着で返信お願いします。
仙台地方は梅雨入りしている。
今年はカラ梅雨が続き暑い。ここ北山五山は木陰が多く心地良い。
お寺巡りから参道の階段を上り、下りが多いのかと思いきや高台づたいにのんびり歩けて楽しめた。
今回、6月21日の歩こう会の参加者は、何と21名の目立つ集団となった。
北山五山とは、仙台市街地の北側の仙山線沿いの山(20メートルくらいの高台)にある光明寺、東昌寺覚範寺、資福寺、満勝寺をさす。
今回のコースは、北仙台駅から近い光明寺の階段を上がる。
振り返る見晴らしは高層マンションが目立つ。
藩政期の景観は・・・などと話しながらまた歩き出す。
支倉常長サンのお墓に参り、お隣りの東昌寺の樹齢500年のマルミガヤの前でパワーを受け、
青葉まつりの政宗を祀る青葉神社は一度参道の上り下りがあるので立ち寄らず、
裏側の森の中をスズメ踊りをしながら覚範寺を訪ねる。
傍らの政宗の生母「保春院の墓所」に参り、アジサイの見ごろには少し早かった資福寺で一休み(麓の店のお団子が美味しい)をして、裏側から輪王寺に立ち寄り参道を降りて、通町の公園の東屋でお昼をいただき解散。この頃には、頭の中から冷たいビールが離れない。
北仙台駅前で疲れを癒して本格解散になった。
勿論、幹事さんには「感謝のジョッキ」を傾けました。
今年の夏はとんでもなく暑い。
毎日のあいさつも、話題も、予報も、テレビも熱中症に気を付けて下さいしかない。
夏至から1ヶ月後のいちばん暑い、二十四節気の大暑の頃の7月23日夕方から、藤崎デパート屋上の
「Beer Garden」で恒例の暑気払いを催した。
涼しくなる夕方から外でビールを楽しみ、暗くなる前にお開きにした方が「安心・安全」との思いで
設定した。
いざ、スタートの16時はまだ炎天下。日陰の場所はあるのか下調べもしなかった。不安になった。
ラッキーな事に、何とか日陰の場所を確保でき、皆さんに楽しんで頂けた。盛り上がりに安堵した。
真夏の夕方、夜がいい。涼しく風情があるなどというのは昔の事。
夜中まで気温が下がらない。
暑気払いで熱中症が出てからでは遅い。
来年からは、エアコンの中のお店での「暑気払い」が安心かも知れない。
私の故郷女川町は宮城県の東、牡鹿半島基部に位置します。
『女川』の由来は、前九年の役の頃、豪族 安倍貞任が源氏方の軍と戦った際に、
一族の婦女子を安全地帯である「安野平」に避難させたことから、
この地から流れ出す渓流を『女川』と呼び、のちに地名となったと伝えられています。
世界三大漁場の一つである金華山漁場が近いことから、
魚市場には年間を通じて暖流・寒流の豊富な魚種が数多く水揚げされ、昔から漁業が盛んな町でした。
さて、子供頃の思い出に浮かんでくるのは、朝早くに市場で鳴らすサイレンの音です。
ビックリして目を覚ますと、母親から「あれはクジラを解体所に上げる合図だ」と教えてもらい、ホット
したものです。
1950年、日本水産が女川町に事業所(捕鯨船基地・解体所)を設立し、
捕鯨船が持ち帰ったクジラの肉や脂などの加工が行われるようになり、
女川町の経済を支えるようになりました。
解体所は見学することが出来たのですが、あまりの大迫力に圧倒されて言葉が出ません。
当時、町内には「クジラ屋」という鯨肉だけを扱うお店は数店ありました。
クジラ肉は安価で栄養価の高い重要なタンパク源です。
給食で「クジラの竜田揚げ」などが定番メニューで、多いにクジラ肉を食べたものです。夏休みには、
肝油(クジラの油で作った1個/日)を配布されましたが、一気に食べて親に叱られたものです(笑)
最後の晩餐に何を食べたい?と聞かれたら、私は“クジラの尾の肉”と答えます。クジラの尾の肉は、
**「尾の身(おのみ)」**と呼ばれ、マグロの大トロにも匹敵する最高級の希少部位です。
尾の身は、クジラの尾びれの付け根の部分にある霜降りの肉で、一頭からわずかな量しか取れません。
大海を泳ぐために常に動かしているところで、きめ細かなサシ(霜降り)が入っていて、
口に入れるととろけるような食感と濃厚な甘みが広がります。
初めて食べたのは、当時母が缶詰工場に勤めておりクジラの缶詰を作っていました。脂の多い尾の身は、
材料に適さず除かれて貰ってくることが出来たのです。
母が煮てくれた“尾の身”の味は忘れることの無い思い出の味ですね!
さて、故郷女川は東日本大震災で大きな被害を受けました。
確か、人口もピーク時には2万人近くいて中学校も1学年が
7クラスもありました。現在はだいぶ少なくなった様ですが、
ハード・ソフト共に復興に向けて力強く前進しています。
「故郷は、遠くにありて思うもの」状態ですが、いつも
心の中で忘れる事無くエールを送っています。
ご拝読ありがとうございました。
ーJR石巻線 女川駅から見た現在の女川町ー
青葉「川柳」コーナー
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